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あれからもう1年

今日は4/14。僕がギランバレー症候群の引き金になった急性胃腸炎からもうぴったり1年が経った。
あれは忘れもしない4/14夜半過ぎ。
急な腹痛で夜中の2時過ぎに総合病院の救急に運ばれてそのまま入院になった。
目もくらむような痛みだった。
呼吸も苦しくて「はっはっはっは」と短い呼吸でなんとか息をつないでいたことを思い出す。
入院で最初に受けた治療は点滴治療で、痛み止めに打った注射がものすごく痛かったことを覚えている。
入院して3日目、体中に発疹があり、なぜか体が痺れるようになった。
腹痛はおさまったものの、しびれのことや発疹のことを
医師に訴えても痛み止めを打たれるばかりで、さっぱりであった。
(それもそのはず、入院病棟は外科だったのだ)
結局のところ1週間入院して、腹痛が収まったということ退院となった。
そのときはしびれ自体はなりをひそめていたのだが、数日経つとそのしびれは再び現れてきたのである。
おかしいおかしいと思いながらそれでもマッサージなどしながら行動していたのだが、
次第に次第にすごく辛くなってきた。
手足がすごく冷たくなったり、しびれに我慢できなくて足をゆすってみたりこすってみたりで
なんとか過ごしていたのだが、次第に我慢できなくなった。
退院後の検査で症状を訴えるも、医師は首をかしげるばかり。
結局内科>肝臓>消化器科とたらい回しにされて「わかんないなぁ」のひどいものであった。
その間ネットなどで自分で調べると「ギランバレー症候群」の文字がヒットしたのである。
その単語を携えて病院に行くと、神経内科の紹介をされたが僕の住んでいる田舎の総合病院では
神経内科の診察が週に1回、しかも金曜日の午後限定という状態だった。
「冗談じゃない」ということを医師に告げると大学病院を紹介された。
僕の家から1時間半のそこに通えってことか!?とさすがに狭量になっていた自分はキレたのだと思う。
入院の紹介状をすぐに書いてもらった。流石に次の日に入院、というわけにはいかなかったので
1週間ばかり待たされての入院となった。最初の症状がでてから、実に1ヶ月が過ぎてのことであった。

入院までの1ヶ月弱、
満足に手足を動かすことができず、運動もできなかった為、筋肉は見る間に落ちていった。
食欲もわかず固形のものを食べる気にもならなかったので、ゼリー食ばかり摂取していた。
入院した6月5日、すでにぼくは車椅子で行動するしかできない状態になっていたのである。
今思えば地獄であった。もう僕はこのまま治ることができないんじゃあないかと入院中ずっと
思っていた。
約一ヶ月の入院で退院することができたが、結局のところは入院しててもラチあかないので退院したわけである。
検査検査で1ヶ月あけくれて、結局のところは「治療しても効果は薄いと思います」と来たもんだ。
治療もせずにそれを言い切っちゃう医者っすごいねー。ほんとうに尊敬しちゃいます。

入院中のことは以前書いたので、ギランバレー闘病記の欄を参照していただきたいが、
さて、今現在はどうなのか、ということである。
医師からは「回復までに1年は見てください」と言われたのだが、その理由は
ギランバレー症候群の発症によって正しい免疫が攻撃され、神経が攻撃されてボロボロになったところの回復に
1年は見ろ、ということなのだ。

現在の症状はというと、まだ全快とはいかないが少しづつ回復はして来ているのだと思う。
まだ手足は常時しびれているし、歩くことはできるが走ったりはできない。
体には時々電撃痛が走ってめちゃくちゃ痛いときもある。
それでも当初よりは大分マシになったのだ。長時間座っていることさえできなかったのだから。
だからイラストなども描いていられる。ありがたいことだと思う。
しかしながら僕が完全な社会復帰を果たすには、まだまだ時間がかかりそうである。
気持ちは今すぐにでも復帰して復職したい心境だ。しかしこんな状態ではおそらく使い物にならないであろう。
別に頭がどうのこうのというわけでなく、体がいうことを利かないが為にこうなっているのだ。
悔しいことこの上ない。この1年というもの、このやりきれなさに何度も泣いた。
声を上げて何度も泣いた。いっそこのまま死んでしまいたいとも思ったこともある。
しかしどうも死にきれない。やりたいことの半分も出来ていないうちに死んでたまるかと
思ってしまったのである。
だから現在は色々と勉強をしている。資格の勉強や、描きたかったイラストを思う存分(?)
やっている。いつかしっかりと治る日を見越して。
もし万が一治らなくても、きっと役には立つことであろう。
とはいえ、以前の蓄えだけでこの1年過ごしてきたのだから、資産的にはマイナス極まりない。
早いところ体には治ってもらいたいものである。
また、バリバリと働けるように。
随分と長いこと書いたが、1年の節目としてこの手記をここに残す。


2013/4/14 
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ギランバレー闘病記 覚書

ギランバレー症候群に羅患してはや7ヶ月。
現在の症状は当初より落ち着いてはきたものの、時々とてもつらくなる時がある。

<主な症状>
症状は以下の通り。
手足がとてもだるくなり、動きがわるくなる。
しびれが各所に周り、チクチクとした痛みがある。
針で刺したような電撃痛が予兆なしに来る。
足の動きが悪い。引きずるように歩くことになる。階段が登りづらい。
この症状は低気圧が近づくほど悪化する。(ような気がする)よって雨振りの時は
さらに辛い。
食欲の減退 咳の頻発 疲れやすい 肩こり

<投薬内容>
現在処方されている薬は次のとおり
ガバペン錠(毎食後)
メチコバール錠(毎食後)
テグレトール錠(毎食後)
リボトリール錠(朝食・就寝時)
アムロジピン錠(朝食後)
リバロ(夕食後)
タケプロン錠剤(就寝時)

これだけ多くの薬を飲んでいるわけだが、これらは全て治療薬、
というわけではないというのが
ミソでろあろう。

俺は既にギランバレー症候群に羅患してだいぶ経つため、直接の治療
例えば免疫グロブリン静注や血中血漿交換などが効果として薄いため、
自然治癒しか方法がないため、対症療法としての投薬である。

<主な原因>
現在の俺の状況というのは体内で産生されたまちがった免疫が、自らの神経組織を攻撃して
壊しているため、神経組織の自然回復を待つ。といった状況である。
そのために神経の昂ぶりを抑えるために処方されている薬といって差し支えない。
なので、薬を飲んだあとに眠くなったりするのは日常茶飯事である。

さて、この神経組織が壊れた状況というのはどういうものなのかというと、
例えるなら電気のコード線があるとしよう。
この電気コードの外側の皮膜(電線を覆っているビニール部分)が無い、あるいは傷ついて
薄くなっている状態である。そのため外部刺激に非常に弱く、通常であれば抑えられる刺激に
対して非常に鋭敏に反応する。しかも普通はすぐにその皮膜によって拡散、保護されるところが
できない、ということなのである。

非常に厄介な状況であると言わざるを得ない。
24時間常に痛いやら痺れてるやらで、んもー!ってなるのである。
おかげでよく眠れやしない。
気を失うように1・2時間眠り、目を覚ますといった状況はいつものことである。
それでも最近薬のおかげか、よく眠れるようにはなってきたように思う。

<回復の見通し>
医師からは「1年は見てください」と言われていることから、発症した今年の4月から
数えると、回復は早く見ても来年の4月であろう。
できればその前に全快したいものだが、今の状況から
見れば、そうもいかないのかなとも思う。しかし病は気から。治すんだ!という気迫が
大事であることも自分に必要なのだということも心に留めておくことにする。


<病気にかかって思う事>
この病気にかかって思ったことは、自分が病気に対して無力であること
逆らっても仕方のない力がある事があるのだなと言う事である。
加えて、人間関係。いつも暖かい言葉をかけてくれる人もいれば、
それに対して全く話題に触れない人、
これ見よがしに離れていく人もいる。全く面白いものである。
病気は周りの状況を浮き彫りにしてくれるものでもあるのだと
いうことを自分の中に戒めておこうと思う。


もう年も暮れようとしているこの時期、昨年はなんだかんだと色んな
方面に手を出してきた自分だが、回復したらやりたいこと、行きたい所
逢いたい人、数えればキリがない。
これが自分の希望であるといって差し支えない。
それを心において、まずは体の回復を待つとしよう。


2012年11月13日


ギランバレー闘病記➄

早いもので、4月下旬に発病してからもう5ヶ月が経とうとしております。
と、いっても正直なところ、「まだ5ヶ月か」という感じでもあります。

僕の体の中を攻撃している自己抗体は
発病してから1ヶ月で抗体数がMAXになり、
そこから1ヵ月ごとに1/2 1/4 1/8 1/16....と
減少していくのだそうです。
1/32くらいになったらだいぶ楽になるのかね・・・。
今もって身体の各部の痺れと疼痛はあいかわらず残っているし、
薬がきれると非常にヤバイ痛みが全身を襲います。

先日、階段を上っている際、ガクッと力が抜けてあやうく転落するところでした。
あぶないあぶない。

医者(今は入院中の主治医ではなく、もっとベテランの先生)曰く、
ギランバレーは体の太い神経線維が筋肉に力を伝えるのだが、
その太い神経線維が「落ちる」病気なのだそうだ。
その神経線維は電線のようなもので、表面を覆っている皮膜が僕は今
自己抗体によって攻撃され、ぼろぼろな状態なのだそうだ。
神経線維を治す薬はない。
自己回復を待つしかない苦しい戦い。痺れ止めと痛み止めがなけりゃ
まともに座れもしない状態なのがくやしい。

長い目で頑張ろうと、日々思うのではあるが・・・・。


ギランバレー闘病記④

4月の入院から発症してしまったギランバレー症候群の
闘病記を不定期1週間ごとでつづります。
この病気については現在も療養中です。

6/25 月曜日 入院21日目
大して効果がないかもしれない、というのでIVIGとステロイドフラッシュ療法をやめて
薬で症状を緩和させながら対症療法をすることにした。
簡単に「効果がないかもしれない」とか言える医者ってすごいね。
なによりここに居たくないという気持ちが強く、確実な治療方法がないのなら
一刻も早く退院したかった。

6/26 火曜日 入院22日目
29日に退院できるよう、薬等を調整してもらう。
気の休まらないところにいるよりも、自宅のほうがよっぽど良くなる気がする。
薬の種類がはんぱなく増えている気がするが、ベッドの上で悶々としているよりは
100倍ましだと思えた。

6/27 水曜日 入院23日目
もう日常生活ができれば多少の不自由はしょうがないな、という境地に至ることにした。
感覚過敏と痺れが当たり前とおもえば治るまではきっと普通に過ごせるんじゃないか?
いけるいける!と思い込む。

6/28 木曜日 入院24日目
退院1日前。栄養指導教室とかいうのに参加させられたが、もうねなんというか笑えて来た。
これも入院費用の中に入ってるわけですよ。金のことはいいが栄養士さんに
「入院前の食事まったく問題ないですね」とか言われるし。
ならええじゃないか・・・!

6/29 金曜日 入院25日目
退院の日。この入院でわかったことは結局のところ何もなかった訳である。
検査検査検査、ただただ検査を繰り返して終わり。
入院初日にやった脊髄液の抗体検査の結果だけが決め手となるが
近畿大学に送った検査標本の結果は帰って来ては居ない。
痺れ止めと痛み止め、ビタミン剤を処方されて退院することに。
入院費用は医療費上限の保険証効果を発動させて15万円也。
なんだかなぁ、もう。




そんなこんなで退院はしたわけですが、現在も薬による対症療法を続けながら
闘病生活中です。
日々辛いのは足の筋力低下と痺れ。突然くる電撃のような神経痛。
足の筋肉と臀部の筋肉がほぼなくなってしまった為に、通常に歩くことさえ
困難な状態が続いてます。杖ついて歩いてるんだぜ。自分でもビックリ。
後の通院で例の近畿大学からの抗体検査の結果が判明。
「ガングリオシド抗体の増加が見られますので、診断名としては
ギランバレー症候群の亜種ですね。」だとおっしゃる。
そんなんわかっとるんじゃああああああああああああああ!!!!!
医師もそうじゃろがぁああああああああああ!!!

しかも「発症から3ヶ月たってますからいまから例のIVIGや
ステロイドフラッシュ療法をしてもほぼ意味ないですね。」

うん、意味なくしたのは誰だよ。
検査検査で1ヶ月伸ばしたあなた方では?

という現在の状況。
気長に療養していかなくちゃいかんとはいえ、不自由なのはやはり相当なストレスに
なってます。発症からもうすぐ4ヶ月。
おかしくなった白血球内の抗体増加は1ヶ月でピークを迎え、
その後ごとに半減していくらしいのでもうすぐ1/8になるようだ。
症状もそれにあわせて収まって行ってくれればいいな、と思う。


負けない。負けてやらない。

8/17 金曜日 大安  フジダイ

ギランバレー闘病記②

4月の入院から発症してしまったギランバレー症候群
闘病記を不定期1週間ごとでつづります。
この病気については現在も療養中です。


6/12 火曜日 入院8日目
治療方針が決まったようだ。大量グロブリン静脈注射、ステロイド剤投与の2本柱のようである。
ベニロンという献血から作成した血液製剤を投与するのだが、
300ml~400mlの製剤を1日に13本点滴で投与する。
血液製剤は非常に高価で、1クール5日間の治療で150万~というものだ。
恐ろしい。


6/13 水曜日 入院9日目
今日はCTスキャンの検査があるそうだ。昼食は抜き。
神経内科の回診があるそうで、できれば明日あたりから治療が始まってくれれば
ありがたいのだが。
痛くても、痺れがあっても治療してるんだと思えば気が楽だが、そうではないのは辛い。

6/14 木曜日 入院10日目
予定していた治療が中止になった。
胃の横のリンパ節が腫れているから、ということである。リンパ節が腫れている原因が
特定できないから中止になったということらしい。そんなバカな!

6/15 金曜日 入院11日目
今朝は最悪の気分で目が覚めた。もうなんだかどうでも良くなってきていた。
が、昨晩届いたらしいAさんからの優しいメールを見て救われた。
内容を見て涙が溢れた。昨晩、僕の心は治療の中止で打ち砕かれてしまっていたので、
その内容はあまりにも優し過ぎたのだ。
今日は頭のMRIと耳鼻科の検診があるそうだが、気持ちとしてはもう何だかこれ以上
俺に構わないでくれ、俺を調べるな!という気持ちで一杯なのだ。
とても恐い。

6/16 土曜日 入院12日目
薬が効いた感じが全然ない。昨晩は痛みと痺れが強くほぼ眠れなかった。
結局対症療法などといっても気休めでしかなく、治療しなければ改善など見込める
はずもないのだ。
入院は結局検査検査ばかりで終わりそうな予感がしてならない。
根本の治療法を模索するのは医者の勝手だが、その間は患者をほったらかしなのか、
と思う。とても憤りを感じる。医は仁術なり、なんてどこかで聞いた言葉だが
医者を見てるとお笑い種に思えてくる。

6/17 日曜日 入院13日目
妹と父が見舞いに来てくれる。それぞれ飲み物やこんにゃくゼリー(飲むタイプ)など
持って来てくれた。病院食は食べる気がせず、毎回半分も食べていないため、そこを
心配してくれたのだ。とてもありがたい。

夕方になって神経内科の主治医の同僚とやらが、俺に医学生の相手をしてくれないか
とか言う。健全な精神状態ならばOKしたが、治療も中止、患者はほったらかしの状態で
ふさけてるのかと怒鳴りたくなった。無論医学生の相手は断った。


③へ

ギランバレー闘病記①

4月の入院から発症してしまったギランバレー症候群
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